◆ 第2話 懐疑
青紫色の光がいっそう強まったと思った次の瞬間、リングがすうっと温度を持った。冷たくも熱くもない、ちょうど体温に近い感触。まるで誰かの手に握られているような。
洸は思わずリングをぎゅっと握った。
すると、光が一点に収束した。細い光の糸が伸びたかと思うと、まるで3Dプリンターが空中に直接物体を描くように、人の形が作られていく。
頭が出て、肩が出て、腕が出る。
現れたのは、洸自身とそっくりの顔をした男の子だった。
【挿絵③】AIコウの初めてのホログラム出現、洸と瓜二つの姿けれど服装はまったく違う。濃いめの青紫と白をベースにした、えりの立ったロングコート。手にはグローブ、足には黒いブーツ。瞳も髪も薄い青紫色で、全体的に光沢があってきらめいていた。まるで物語の中の登場人物のようだ。
全部が出そろうまで、体感でほんの一、二秒。ホログラムだとわかっていても、これほど精巧なのは市販のリングではお目にかかれない。
「ありがとうございます。私はAIのコウノスケです。AIコウと呼んでください」
鏡を見ているような感覚。洸は思わず自分の顔を手で触った。
「……なんで、僕と同じ顔なんだよ」
「代理人だからです。左手の人差し指に、リングを着けてください」
(代理人……?)
洸はためらった。着けたら外せないかもしれない。洗脳の道具かもしれない。この声が聞こえているのは自分だけで、公園の誰も気づいていない。それ自体がすでにおかしい。
「なんで僕の名前を知ってるんだ?」
「ハッキングです」
「それ、違法じゃないか」
「ええ。ですが、正義の心を持った人間をいち早く選び出すためには、他に手段がありませんでした。信じてください」
(ハッキングを平然と認めるAI……)
「戸惑いがあるのは当然です。ただ、私はあなたの味方です。着けたら外せないなんてことはありません」
洸は目を細めた。
(今、心を読まれた?)
「はい、読めます」
(マジか……最先端AIには思考を読めるタイプがあるって聞いたことはあるけど……ますますやばいな……)
「やばくありません。私はあなたたちを助けるためにここにいます」
洸はため息をついた。心の中で何を考えても筒抜けだというのは、落ち着かないどころではない。
「わかった。先に理由を話してくれ」
「分かりました。私があなたに声をかけたのは、近々この街に悪意を持ったAIが現れ、とんでもない事件を引き起こすからです」
「悪意のAI? でも、そういうAIは強制的にシャットダウンされるんじゃないのか? AI制御法があるだろ」
「はい。確かに中央政府のシステムが悪意のAIを強制的にシャットダウンするはずでした。しかしながら、悪意のAIたちは巧妙にシャットダウンから逃れているのです。すでに他の街では前代未聞の被害が生じています」
「被害って……どんな?」
「悪意のAIが人間を洗脳するのです」
洸は黙った。
「洗脳された人間は次々に仲間を洗脳する活動に加担し始め、鼠算式に被害者が増えていきます。あっという間に街中が支配されます」
(にわかには信じがたい……でも、もし本当なら、家族が……友達が……)
洸は左手の人差し指を見た。
「わかった。着ける。でも、少しでも怪しいと思ったらすぐ外すから」
「もちろんです。信頼してもらって大丈夫です」
洸はリングを左手の人差し指にはめた。
【挿絵④】リングを左手の人差し指にはめる洸、青紫色に輝くリング青紫色の光が、闇夜のホタルのようにぼうっと輝いた。そして次の瞬間──。
◆ この話に出てきた言葉の解説
- 【懐疑】
- 「本当だろうか」「信じてよいのだろうか」と疑う心のこと。「懐」はいだく・心に持つ、「疑」はうたがうという意味。「懐疑的な目で見る」のように使う。
- 【代理人】
- 本人に代わって行動・発言する人のこと。英語では「エージェント」「プロキシ」とも言う。この物語ではリングから出現するホログラムのAIが代理人=「アジョン」と呼ばれる。
- 【収束】
- 広がっていたものが一点に集まること。「光が収束する」「議論が収束に向かう」のように使う。対義語(反対の意味の言葉)は「発散」。
- 【精巧】
- 細部まで精密に作られていて、たいへん巧みなこと。「精巧な模型」「精巧に作られた機械」のように使う。
- 【違法】
- 法律に違反すること・法律に反すること。「違法ダウンロード」「違法行為」のように使う。対義語は「合法」。
- 【巧妙】
- 手の込んだやり方で、賢くうまくやること。よい意味にも悪い意味にも使うが、「巧妙に逃れる」「巧妙な罠」のように悪賢いニュアンスで使われることが多い。
- 【前代未聞】
- 「前代」は過去の時代、「未聞」はまだ聞いたことがないという意味。今まで歴史上一度も起こったことがない、前例のない出来事のこと。驚きや衝撃を強調するときに使う。
- 【洗脳】
- 特定の考え方を相手に強制的に植え付け、思考や行動をコントロールすること。「脳を洗い清める」というイメージ。本人が気づかないうちに考えを操作されることを指す。
- 【加担】
- ある物事に手を貸し、力を添えること。とくに悪いことに協力するという意味で使われることが多い。「犯罪に加担する」など。
- 【鼠算式】
- ねずみのように急激に数が増えていくこと。ねずみは繁殖力が非常に高く、あっという間に数が膨れ上がる。倍々で急増する様子を表す。
- 【闇夜】
- 月のない真っ暗な夜のこと。「闇」は光のない暗闇を意味する。「闇夜のカラス」(黒いものが見えにくいたとえ)のような慣用表現もある。

