AI暴走中! 〜暴走する悪意のAIに少年と少女と猫がコトバの魔法で挑みます!
第1部 葉月洸乃介
◆ 第1話 遭遇
西暦二〇五〇年、日本。
夕暮れどきの住宅街を、一枚の板が音もなく滑っていく。地面から一メートルほど浮いた、空中飛行ボードだ。乗っているのは制服姿の少年──葉月洸乃介、中学一年生。家族や友人からは「洸」と呼ばれている。
【挿絵①】空中飛行ボードに乗る洸、夕暮れの住宅街私立の進学校に通う洸は、一言でいえば文武両道の優等生だ。目から鼻に抜けるような頭の回転の速さと、どんなスポーツでもすぐに習得してしまう抜群の運動神経を持ち合わせている。ただし唯一の弱点がある。国語、だ。漢字は読めても意味がわからない。ことわざや慣用句には、どうしても頭が拒絶反応を起こしてしまう。
学校からの帰り道、洸はボードのスピードを落とした。
近所の公園の中央に、見慣れない光がある。
(なんだ、あれは)
青紫色の光だった。まばゆいというより、どこか深く、吸い込まれるような輝き。公園には通行人もいるし、ベンチに座った老人もいる。なのに、誰も気にとめていない。まるで洸にだけ見えているかのようだ。
【挿絵②】公園の中央で青紫色に光るリング、不思議そうに見つめる洸洸はボードから降り、腕に抱えて光へと近づいた。
近づくほど、それが小さな輪っかであることがわかってきた。
(リングか)
リングとは、この時代における標準的な情報端末のことだ。かつてパーソナルコンピューターと呼ばれた機械は、スマートフォンという携帯端末を経て、今や指輪や眼鏡といったウェアラブル端末が主流となっている。体内に埋め込む人も珍しくない時代だ。指輪型の端末など、もはや旧式の部類に入る。
だがこの光り方は、どう見ても普通ではない。
青紫色の輝きはじっと見ていると波打つように揺れ、まるで何かが眠っているような、あるいは目を覚ますのを待っているような、不思議な存在感を放っていた。
(怪しい。拾わない方がいいかもしれない)
洸の直感がそう告げた。しかし好奇心もまた、それと同じくらい強く洸を引っ張っている。彼は手を伸ばしかけて、止めた。伸ばしかけて、また止めた。
そのとき、声が聞こえた。
「私を手に取ってください」
洸は思わず周囲を見回した。声の方向がわからない。公園のどこからでもなく、まるで頭の中に直接流れ込んできたような、澄んだ声だった。
「……誰だ?」
「はやく。洸さん、拾ってください」
(僕の名前を知っている?)
全身に鳥肌が立った。声はリングから聞こえている。それは確かだ。でも、なぜ自分の名前を?
洸は唾を飲み込んだ。怪しいと思う気持ちと、何かが始まろうとしているという予感とが、胸の中でぶつかり合っている。
深く息を吸って、洸は手を伸ばした。
指先がリングに触れた瞬間、青紫色の光が一気に強さを増した。
◆ 言葉の意味・スキル解説
- 【遭遇】
- 思いがけず出くわすこと。「遭」は偶然に出会うという意味、「遇」は思いがけなく会うという意味。「野生動物に遭遇した」「思わぬ遭遇」のように使う。
- 【文武両道】
- 学問と武術の両方に優れていること。「文」は学問・知識、「武」は武術・体力を指す。現代では「勉強も運動もできる人」という意味でよく使われる。
- 【目から鼻に抜ける(めからはなにぬける)】
- 非常に頭の回転が速く、賢いさまを表す慣用句。「目と鼻の間という短い距離をすり抜けるほど素早い」というイメージからきている。頭の回転だけでなく、要領のよさも含む。
- 【優等生】
- 学業や品行(ふるまい)が優れている生徒のこと。「優等」は他より優れていること。転じて「模範的で非の打ちどころのない人」という意味でも使われる。
- 【慣用句】
- 二つ以上の言葉が組み合わさって、それぞれの字の意味とは違う特別な意味を持つようになった表現のこと。「手を焼く」「目から鼻に抜ける」などがその例。
- 【拒絶反応】
- もともとは医学の用語で、体が外から入ってきた異物を排除しようとする反応のこと。日常では「あるものに強い抵抗感・嫌悪感を感じる」という意味で使われる。
- 【進学校】
- 大学などへの進学率が高く、学力の向上に力を入れている学校のこと。入学に試験が必要な私立学校に多い。
- 【ウェアラブル端末(ウェアラブルたんまつ)】
- 身に着けて使う電子機器のこと。「ウェアラブル(wearable)」は「着用できる」という意味の英語。現実にもスマートウォッチや眼鏡型デバイスが存在する。物語の時代では指輪がその代表。
- 【主流】
- ある分野や時代で中心的・主要な位置を占めているもの・流れのこと。「時代の主流」「主流派」のように使う。
- 【旧式】
- 古い形式・方式のこと。時代遅れで現在の水準に合っていないものに使う。「旧式のやり方」など。
- 【存在感】
- そこに確かに存在しているという感じ。周囲に強く印象を与える力のこと。「存在感のある人」のように使う。
- 【好奇心】
- 知らないことや不思議なものに強く興味を持つ心のこと。「好奇」は珍しいものを好む気持ち。「旺盛な好奇心」のように使われる。


