◆ 第4話 隣に住む少女
葉月家の隣、皐月家の翌朝。
チュン、チュン……チュン、チュン……。
窓の外から小鳥のさえずりが届く。もっとも、その中には防犯カメラや細菌検知機能を内蔵したAIバードも混じっており、本物の鳥と見分けがつかない。二〇五〇年の朝には、自然と人工のものが穏やかに混在していた。
そして、皐月久愛は眠っていた。
空中に浮遊するベッドの上で、気持ちよさそうに。まったく起きる気配がない。
【挿絵⑦】浮遊するベッドで眠る久愛、傍で鳴く猫のタマヨリ「お嬢様、起きてくださいませ。学校に遅刻してしまいます」
執事型AIロボットの「サツキ」が優しく声をかける。
「ニャァ~」
飼い猫のタマヨリも久愛のそばで鳴いている。
「ん……もうちょっと、ねかせてぇ……」
「まもなく限界ラインを超えます。強制起床モードに入ります。失礼……」
AIサツキが両手を久愛の両耳に近づける。
テン、ナイン、エイト……。
「まって! 起きたようーサツキ! 私、もう完全に起きたよー!」
半泣きで起き上がる久愛。
「ちっ、起きたか……」
AIサツキが残念そうに小声でつぶやきながら手を離す。
「いま、舌打ちしたでしょ! ガッカリしてたよね! サツキ!」
「ニャァ~」
タマヨリもツッコミを入れているかのようにサツキに向かって鳴く。
「いえ、滅相もございません。寝ぼけておられるのですか?」
【挿絵⑧】舌打ちするAIサツキと半泣きで起き上がる久愛のコミカルな場面じつはこのAIサツキ、爆音目覚まし機能を持っている。両手の掌から本人にだけ聞こえる轟音を発する仕様で、臨床実験では起床率一〇〇%を記録した傑作機能だ。久愛が一度食らって以来、二度と食らうまいと必死で起きているというのが真相だ。
皐月久愛は、洸の隣に住む幼馴染だ。
中学一年生。洸と同い年だが、別の学校に通っている。ちょっぴりタレた大きな瞳がチャームポイントで、腰の近くまである長い髪はさらさらでよく似合っている。根っからの天然キャラではあるが、容姿端麗で、成績はかなり苦手だが──国語だけは飛び抜けて得意だ。
【挿絵⑨】久愛のキャラクター紹介場面、制服に着替えながらリングを見つめる制服に着替えながら、久愛は昨夜のことを思い出していた。
(夢じゃなかったんだよね……リング……あるもんね……)
左手の人差し指には、真珠色の輝きを放つリングがはまっている。外そうとしてもびくともしない。
昨夜、久愛も洸と同じ経験をしていた。自分の名前を冠したAI──AIクウとの出会い。白と真珠色をベースに、エメラルドグリーンのラインが入った、優雅なドレス姿のアジョン。
(悪意のAIが人類を洗脳して……私が選ばれた善意のAI戦士で……悪意のAIたちと戦って、街や人類を守らなきゃならない……)
エアバスを待ちながら、久愛はぼんやりとリングを見つめる。
(にしても……スキルが慣用句とか四字熟語って……ダサくない?)
登校中も授業中も、久愛はずっと気もそぞろだった。
塾の授業が終わった夕方、教室を出たところで誰かが肩を小突いた。
「久愛! 元気?」
振り返ると、洸がいた。久愛の顔が一瞬でぱっと赤くなった。
「あ、洸! 久しぶり! 元気だよ!」
「久愛さ。今日この後、少し時間ある? 教えて欲しいことがあるんだよね」
照れくさそうに頭をかく洸の人差し指に、青紫色に輝くリングが見えた。久愛の心臓が止まるかと思った。
(あれ? 洸、あんなリング……持ってたっけ?)
久愛は急いで自分のリングから塾への連絡を入れた。
(洸といっしょに帰れるチャンス、逃すわけにいかないよね!)
「ということは……久愛も怪しいAIから受け取ったんだよね?」
ふたりはそれぞれのリングを確かめあい、目を見開いた。
◆ 言葉の意味・スキル解説
- 【執事】
- 屋敷や家の仕事全般を取り仕切る、身分の高い使用人のこと。もともとは貴族の家に仕えた男性の召使を指す。英語では「バトラー(butler)」と言う。
- 【混在】
- 種類の異なるものが入り混じって存在すること。「自然と人工物が混在する風景」のように使う。
- 【浮遊】
- 空中や水中でふわふわと浮かんでいること。「宙に浮かぶ」とほぼ同じ意味。「浮遊感」「浮遊する塵」のように使う。
- 【臨床実験】
- 人や動物を対象に行われる医学・科学の実験のこと。「臨床」は実際に患者に接して行う医療という意味。薬の開発などで行われる。
- 【幼馴染(おさななじみ)】
- 幼い頃から互いに親しく育った間柄のこと。「幼」は幼いという意味、「馴染み」は慣れ親しんでいるという意味。長い年月をともに過ごしてきた特別な関係を指す。
- 【容姿端麗】
- 顔立ちや姿かたちがすっきりと整っていて美しいこと。「容姿」は顔や体の見た目全体、「端麗」は整っていて美しいさまを表す。男女ともに使える表現。
- 【天然(てんねん)】
- 日常では「天然キャラ」のように、意図せずにズレた言動をする、独自のペースで動く人のことを指す。本来は「人工的ではなく、自然のままの」という意味。
- 【気もそぞろ(きもそぞろ)】
- 気持ちが落ち着かず、何かほかのことが気になって集中できない状態のこと。「そぞろ」はとりとめがなく、ぼんやりとしているさまを表す古い言葉。「上の空」「心ここにあらず」とほぼ同じ意味。
- 【真珠色】
- 真珠のような、やわらかい光沢のある白っぽい色のこと。「パールカラー」とも言う。純白よりも温かみがあり、光の当たり方によって微妙に変化して見える。
- 【優雅】
- 上品で落ち着いた美しさがあること。「優」は上品でなめらか、「雅」は洗練されて美しいこと。「優雅な立ち振る舞い」「優雅な生活」のように使う。
- 【冠する(かんする)】
- 名前や称号を頭につけること。「自分の名前を冠したAI」とは「自分の名前をつけられたAI」という意味。「会社の名を冠した商品」などとも使う。


