久愛は普段なら忘れることのない塾の日を忘れていた。
(今日、塾だったよね。塾なんか行ってる場合じゃない気もするけど、休めないもんなぁ……)
久愛は、勉強がかなり苦手で嫌いだった。
ただ、洸とは違って、国語だけは得意。
とりわけ語彙力に長けていて、洸にも言葉の意味をよく教えてあげていた。
「行かないと、叱られるもんね……」
VRシステムを利用した塾や、オンライン個別指導を利用する生徒が多い中で、根強く残る従来型の「実際に通う」ライブ塾。
親の反対を押し切って通う久愛には、その「実際に通う」ライブ塾に通いたい理由が一つだけあったのだ。
洸と同じ塾に通いたい──。
塾では洸とクラスが異なるけれど、授業の前後や、行き帰りに会えたら話せる。
家が隣で幼馴染とはいえ、別の中学校に通うと話せる機会は減っていた。
久愛にとって塾は洸と会えるかもしれない貴重な時間だった。
(こんな寝不足の顔で行きたくないなぁ……)
ある意味不純な動機で両親にお願いした久愛は、塾を欠席したことはなかった。
皆勤賞だけはずっと欠かさずもらっている。
「では、本日の授業はこれで終わります」
「「「ありがとうございました」」」
塾講師と生徒たちの挨拶の声が響く。 同時に、教室から次々と出ていく生徒たち。
普段なら洸に会えるか気にかける久愛も、終始上の空だった。
いつもなら仲の良い友達と行動を共にしているが、今日はひとりで帰るつもりでいた。
バンッ!
久愛がロビーを抜け建物から出た矢先、何者かに肩を小突かれる。
「い、痛っ。えっ?」
「久愛! 元気?」
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