初バトルのふたりの目前に現れた異形の獣。
ふたりは訓練用の敵だと思い込んでいた。
「ブタか何か分からないけど、大きいな……」
「でも、何だか、かわいい。目だけじゃなく、鼻も……」
久愛がそう口にするのも無理はない。
つぶらな瞳と逆さまハート型の鼻が醸し出す中途半端な可愛さ。
恐怖しても不思議のない大きさだが、その可愛さがふたりの恐怖心を希釈し、勘違いを誘発したのだ。
文字通り敵の目鼻立ちを《《まじまじ》》とみつめるふたり。
「野生の動物っぽい感じだな……」
敵の体に付いたヘドロのような土に気付いた洸が言う。
(ん……、なんだ、このにおい……)
敵の姿形に気を取られていたふたりの鼻を異臭が刺激する。
腐った肉の臭いをさらに強烈にしたような悪臭が周囲に漂っていた。
洸はその悪臭に顔をしかめる。
「くさーい……」
顔をゆがめ鼻をつまむ久愛。
「オイラをバカにしたな! ブヒン! オイラの名は嗅覚をつかさどる『嗅覚』ブヒ! 猪でも豚でもないブヒ! ギリシャ神話の幻獣パイアをモチーフにした巨大猪豚だブヒン! バトルど素人のお前らなんか、ひとひねりにつぶしてやるブヒン! オイラの香しいにおいを嗅ぎながら洗脳されろブヒン!」
急に怒り口調で話し始める敵に驚く洸。
それでも間の抜けた高い声のせいか、まだ敵だと気づいていない久愛が笑いをこらえながら言う。
「ブヒブヒ言ってる……」
「訓練用に用意してくれたんだよね……?」
少し気になった洸はAIコウにたずねた。
すると――。
「「緊急事態です!!! 訓練ではありません!!! そのブヒブヒ言っている猪豚は敵です!!!」」
AIコウとAIクウが同時に、声高に叫んだ。
「洸さん、バトルモードに強制的に入りました。戦わないといけません」
洸と同期しているAIコウが声をかける。
「久愛さん、強制バトルモードです。戦いましょう」
久愛と同期しているAIクウも助言する。
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